無知蒙昧なセンテンス

その辺の社会人が色々なものの言語化を試みる場です。

After epilogue

最近読んでた漫画が立て続けに完結して、どれも鳥肌が立った。もちろんいい意味でだ。

終わり方が良かったから、というのもあるが、完結したという事実に対して既に鳥肌が立っていた。物語が終わることに鳥肌が立つようになったのは最近、少なくとも大学以降だと思う。

 

 

いつからか、人の一生を明確に物語だと思うようになった。物語と言っても特別綺麗なものはイメージしてなくて、小説やドラマなんかとは比べ物にならないぐらいごちゃごちゃしていて、理不尽で、残酷で、気持ち悪くて、辻褄なんてものはない、でもどこか美しい、そんな物語だ。

こう考えるようになった影響なのか、物語を摂取するとき、人を意識するようになった。完全に同じではないけど、どこか人の一生を片隅に意識しながら摂取することが増えた。そしてそれは特に始まる時と終わる時に意識するようになった。始まる時は内容とは関係なくどこかわくわくするし、終わるときは敬意を払っている。言語化して初めて気づいたが、この鳥肌は物語への敬意だ。終わりゆく物語への敬礼なのだ。

 

作品が完結した後の作者のあとがきがとても好きになったのも最近のことだ。作品の中でちらほらと見える作者の人生の1ピース1ピースが、あとがきでより明瞭になる。といっても作者自身の物語の中のほんのわずかな部分に過ぎないだろうけど、作者の物語に思いを巡らせる程度にははっきりとする。あとがきは作品の物語と作者の物語をつなぐ大事な要素だと思う。余談だが、これを初めて意識したのは東京喰種という作品で、東京喰種は本編よりもあとがきに感動した記憶がある。

 

 

よく「あの人が死んでも私たちの心の中で生き続ける」なんて言うことがあるが、やっぱり本人が死んだら物語はそこで終わるんだと思う。だから心の中に虚像を飼うんじゃなく、終わった実像に深い敬礼をしたい。

これは断じて死んだ人を忘れることではない。虚像なんて飼わなくても、あの人は自分の物語の中に刻まれている。索引で「あの人」を引けばちゃんと出てくる。それでいい。二次創作をしてもいいけど、オリジナルを加筆修正するのとは違う。

 

これからの人生、きっと色んな物語に触れていく。自分好みの物語、思わず拒絶したくなる物語、真似したくなる物語、何の興味も持てない物語、意味不明な物語、、、

そんな十人十色な物語の中で、自分が生きている内に完結するものもあるだろう。それを見てどんな気持ちになるかはその時になるまで分からない。正直、つまらない物語を見届けても何も感じられないかもしれない。

 

だけど、完結した物語に共通して抱く感情があるとすれば、それは敬意であってほしいと思う。

色んな物語に、敬礼ができたらいいなと思う。

 

 

 

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元々別のことを書くつもりでいたのですが、前説くらいの気持ちで書き出したらどんどん抽象的なポエムになってしまい、どう頑張っても本編とのつながりが悪くなりそうだったのでこれだけで一つの記事にしてしまいました。

最近自分の中で「何かが終わる」ということに特別な意味合いを見出しているような気がしたので言語化してみましたが、思いのほか言葉が当てはまって良かったです。

と言いましたが、書き終わってからどんどんモヤモヤしてきて、よく分からなくなってきました。これ以上考えても何も見えなさそうなのでとりあえず投稿します。

本来書きたかったことはまたの機会に書こうと思います。

ではでは。