無知蒙昧なセンテンス

その辺の社会人が色々なものの言語化を試みる場です。

デカイホンヤデトックス 2023

はじめに

デカイホンヤデトックスとは、なるべくデカい本屋に行き、なるべく色んなフロアをくまなく見て回り、ピンときた本を買って帰る活動である。これ以上の定義は特にないのだが、自分の場合は毎回1‐2時間程度は本屋に居座る(よりデトックスをするため)・興味の湧かないエリアも見る(よりデトックスをするため)・前に買った本が残っているうちはデカイホンヤデトックスをしない(本を積むが嫌いなため)、なるべくその場で初めて知った本を買う(よりデトックスをするため)、といったローカルルールを設けている。最初は月一くらいで活動しようと思っていたが、普通に本を読むペースが遅すぎて1か月で読み切らないがちだった・月一だとそこまで売り場のラインナップに変化がなかった、ということを踏まえて読み終わったら次の回を開催するスタイルに落ち着いた。
ということで今回は2023年のデカイホンヤデトックスでの収穫物を振り返りたいと思う。といっても始めたのは今年の夏からなのと読むペースが遅いのとで3冊しかない。

収穫物

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 - 若林正恭

記念すべき初回の収穫物はオードリー若林の書いたエッセイである。平積みされたこの本を見かけ、そういやエッセイとか全然読まないなと思い購入してみた。とにかく素直な文章でキューバ旅行に行った際の出来事が綴られており、心地よく読めた。漠然とした資本主義への嫌悪感から全然違うシステムの国を求めてキューバに行くという発想が素直で良い。自分も嫌悪感を抱いたらいったん嫌悪対象から離れることが多いので、今後資本主義が許せなくなったらキューバとかに行こうかしらと思った。
キューバでの各エピソードは若林なりの解釈を通して語られていて、一つ一つに酒の肴になりそうな味わいがあった。カストロ議長が5時間くらい演説したという広場に行ったエピソードでは、たった一人で数十万人の聴衆を5時間も夢中にさせるエンターテインメント性とエネルギーに思いを馳せ「”ライブ”だったのだろう」と表現していたのが印象的だった。プロのお笑い芸人としてのフィルターがそこにはあり、素敵な解釈だなと思った。職人のフィルターを通して味の深まった言葉というのは煮物みたいなうま味がある。
最後まで素直に旅行の話が書かれており、帰国しても全然価値観とか変わってないのも良かった。

地政学が最強の教養である “圧倒的教養”が身につく、たった1つの学問 - 田村耕太郎

地政学」という言葉を本屋で何度か見かけて気になったので一番強くなれそうなタイトルのものを買った。以前『統計学が最強の学問である』という本を買ってから統計学にハマり仕事にしたという実績があり、最強というフレーズへの信用が高いのも購入を後押しした。
それなりにページ数があったがやや冗長なところもあり読後感はイマイチだったが、地政学が役立ちそうなことはわかった。各国の地理的な側面を考慮して国際情勢を考えるといった内容で、読むとロシアが戦争している理由とかアメリカが強い理由、台湾が中国に狙われ続けている理由とかが腑に落ちるようになる。個人的には地球温暖化が進行して北極海の氷が溶けたら海洋輸送の選択肢が増えてロシアがつよつよになる、という話が面白かった。ただページ数半分くらいでもよかったんじゃないかとは思う。

言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか - 今井むつみ・秋田喜美

この回は言語学フェアみたいな特設コーナーがあり、その中でも特に気になったので購入した。そこそこボリュームがあったが元々言葉には割と興味があったので最後まで楽しく読めた。研究者目線の本ではあるのだが研究の細かい部分の話よりは研究テーマ決めとかのフェーズであるような夢のある温度感で話が展開されており、その一方で具体的な実験内容も豊富にあり夢物語では終わらない接地感もあった。
その内容は言語のミニワールドとしてオノマトペ1がどんなものなのか・言語なのかという話から始まり、言語についての話を言葉視点(言語の進化)と人視点(子供の言語習得)に展開していき、最後には言語の本質とは何かというテーマで締めくくるという、壮大な旅路である。まず、オノマトペについて人生で深く考えたことがなかったのでオノマトペがいかに言語的かを考えるのはとても楽しかった。この本を読んでいるとオノマトペは確かに言語的な性質を持っているなと思ったし、そもそも言語という概念をかみ砕いて考えるのが難しいのでオノマトペという具体的な題材が良い具合に言語を理解するクッションになってくれた感じがあった。前の一文でサッと書いたが、そもそも言語という概念がとても難しいということをちゃんと実感できるのがとても楽しかった。本の冒頭で言葉の具体例として「アカ」という言葉がでてくるが、「アカ」が赤を表していることを理解するというのも突き詰めて考えると抽象的でとても難しいことである。赤を理解するために色を理解する必要があり、青や緑とは違うことを認識し、赤という言葉の示す範囲を把握する必要がある。基本的な言葉一つでもこれだけ難しいというのはいかに言語という概念が難しいかを物語っている。後半は言語の進化・言語習得の話がメインになっており、オノマトペから一般的な言葉に向かう流れをベースに言語について語られている。ここでもいかに言語というシステムが複雑でそれを習得するのに高いハードルが存在しているかというスタンスで書かれていて、人間はそれをどうやってモノにしてきたのかが読み進めるとなんとなくわかる。すごくざっくりとした所感になるが、言語側と人間側それぞれが歩みあうことで子供は言語を習得できるのだと理解した。複雑なシステムを持つ言語もあくまで人間が発展させてきた概念で人間が理解しやすいように体系化されている・人間は言語を習得する際に誤りを許容しながら推論することで語彙を増やしつつ推論の精度自体も上がっていく、という具合に双方が近づきあっている。そうして多くの人間が数千数万の語彙を自在に使いこなせるようになるのだろう。最後には言語とは何か?という問いへの筆者なりの回答が示されている。ここまで読むともはや一言で答えられるものでもないしこの本で答えの出るものでもないなと思いながらも、今まで展開してきた内容がうまく落とし込まれていてオズワルドの「いったんやめさせてもらいます」の空気感で終わっていた。つまり良いということである。
とまあこの本だけ感想が長くなってしまったが、筆者が二人いて言語学・心理学・認知科学といった広い学問領域をベースに組み立てられているので本の文章量以上に内容が盛りだくさんなのである。ベースが広いことに加え言語の本質というテーマもめちゃくちゃ規模がデカく、普通に書いたら爆発しそうな内容を新書300ページ弱に抑え、かつストーリー性を持って一般人にも楽しく読める内容にしているのは本当にすごい。本とは直接関係ないが、膨大な知識に基づいた膨大な内容をまとめ上げながらも面白さを担保するというのは世界で一番興奮することの一つに間違いない。

おわりに

半年弱で3冊というペースで2023年のデカイホンヤデトックスは終了した。ただ3冊とも全然違うジャンルで程度の差こそあれそれぞれにそれぞれの面白要素があり、非常に良い取り組みだったなと思う。本の感想ばかり書いてしまったがデカい本屋に長時間居座る行為自体がまずとても良く、平積みのラインナップからある程度流行りがつかめるし、棚の奥に入ると色んなジャンルの知らない本がいかにたくさんあるかがわかる。一見マジで興味の湧かない棚に行っても案外1冊くらいは気になる本があったりして、そういう小さな予想外もまたデトックスになる。インターネットでバイアスだらけの情報を浴び続ける日々の中で、相対的に自分の好奇心とフラットに向き合える数時間は本当に貴重で気持ちがよく、めちゃくちゃ綺麗な水と油から作る究極のラーメンみたいな旨さがある。
来年も自分のペースで確実に続けていきたい。

そこの君もやろうぜ、デカイホンヤデトックス!!

アイキャッチ


  1. この本においては、オノマトペは言語の普遍的な性質を持ちつつ直感的な表現(ジェスチャーなど)と言葉の橋渡し的な役割を果たすものとして書かれている印象があった