無知蒙昧なセンテンス

その辺の社会人が色々なものの言語化を試みる場です。

父の親友とサシ飲み 2510某日

1年半くらい前に父が亡くなり、今年から父を知る人にインタビューをするという活動をひっそりと行っている。

今日は父の大学時代の親友と連絡を取り、インタビュー→サシ飲みをした。

その親友はインタビューで話している時からうっすらと泣いていた。
「あなたのお父さんは人と争わない、本当にやさしい人でした」
その言葉は、中学以降反抗期を拗らせたまま父とお別れした自分におって、苦しくて悔しくなる言葉だった。

父を知る人へのインタビューも今回で10人目となったのだが、また知らない一面を知ることになった。
仕事仲間は皆「あなたのお父さんは優秀で仕事がよくできる人でしたよ」と言っていたが、親友は「本当は土木なんて向いてなかったんじゃないかなと思うんですよ」と言っていた。人が違えば見え方も違う。

サシ飲みは初対面かつ30歳以上の世代差というコンディションをものともせず、とても楽しく盛り上がった。父の親友と盛り上がるということは、本質的に父とも盛り上がれるポテンシャルを秘めているに違いない。
くそ、あんたがもうちょっと長生きしてれば俺とお前の楽しいサシ飲みが開催されたんじゃねえか?

でも、あんたが早死にしたから今日はあんたの親友とサシ飲みで盛り上がれたんだろうな。

結局嬉しいのか悲しいのかよく分かんねえけど、今日楽しく飲めたことが明日の人生を少しだけ明るくしてくれるんだよな。
父の親友とまた飲みましょうと言えたこと、プライベートの連絡先を交換したこと、初対面でも自然体で会話できたこと。一つ一つが小さな光なんだよな。


こういうことを重ねて生きてみよう。