先日「関口」という名義で初めて文学フリマ東京41に出店をしたので、きっかけや準備したこと、当日の気持ち、感想を書いていく。
きっかけ:エンジニアワイ、会社でエッセイを書く
今年の4月頃、会社の中で「みんなでZineを作ろうぜ」という活動に参加した。普段はエンジニアの端くれとして働いているので、この活動は通常業務とは全く関係なく、というか業務ですらない。一応会社にうっすら関係のあるテーマだったり作成したZineは顧客に配るのが主な想定だったりと仕事の要素はあるが、日々AIとじゃんけんぽんをしデータと睨めっこして昼を無に帰す業務とは全く関係がない。
そのZineは「人に社会に歴史あり」というテーマを掲げていて、そのテーマで各メンバー好きな記事を書きましょうというノリだった。そこでおれが書きたいと思ったのが昨年亡くなった父についてのエッセイだった。生前そこまで会話も弾まないままガン発覚から10日程度で急死してしまい、心残りがあったのをこのZineで消化しようとした。
エッセイを書き上げふぅと満足してAIとのじゃんけんを再開しだした頃、妻(当時はまだ結婚してなかった)に「これで文フリ出ちゃえば?」と言われた。文フリは昨年二人で来場者として初参加し、創作の熱にあてられ、帰るころには「次は出店側で参加するぞ!」と鼻息を荒くしたイベントだった。実はZineでエッセイを書いてる時もうっすら脳裏に文フリがよぎっていて、妻の一言も後押しとなってよっしゃ参加するぞ、となった。
準備:ドタバタの中にある
7月とかに申し込んで、8月下旬に出店できるで~という通知が来た。抽選かも……と言われていたので出られることが嬉しくて小躍り。
んで9月くらいから準備を始めた。
エッセイを出すべく申し込んだわけだが、今回はZineではなくエッセイだけで1冊の本になる。せっかくなので内容を増やすことにした。もともとは父を知る人々へのインタビューとそれを受けて思ったことを書いたエッセイからなるのだが、末期ガンの宣告を受けてから亡くなるまでの間に書いた日記をそのまま追加することにした。さらに追加で父の友人にもインタビューを行った。
ここまでは上述したきっかけの延長の準備、という感じなのだが、せっかくなので小説も出すことにした。3年前くらいの頃、失恋をしたりマルチに引っかかったりと乱高下していた時期があり、その渦の中で短編を書いていた。それらを本にまとめ、そこに書き下ろしとして一篇増やすことにした。
ぶっちゃけこの書き下ろしが一番時間がかかった。普段鍛えているAIとのじゃんけん力を発揮すべくAIとの共同執筆というギミックを設けてしまったのもその一因だろう。「AIに書かせるなら早そうじゃん!」と最初は思っていたが、ふたを開けてみたらおそらく自分だけで書くより時間がかかった。この話は別の記事に書いたので気まぐれに読んだりしてみてほしい。おれが喜ぶので。
スケジュール的には、
・9月:小説の書き下ろし
・10月:小説の製本と印刷、エッセイの追加インタビュー、エッセイ追記、エッセイの製本と印刷
・11月:設営資材の準備、宣伝
といった感じで進めた。
拘束時間的には小説の書き下ろし>小説・エッセイの製本>エッセイ追記>資材準備、という感じで、AI小説書いてる時が一番しんどかった。
ただ完全に初めて行うという意味では、製本作業の方がドタバタ感が強かった。全く何も知らなかったので、とりあえずネットを漁り、どうやらInDesginというのがいいらしいぞ? ということを知ったり、でもInDesginって月額有料らしいぞ? 渋っ……と思ったり、え? Wordでもいい? おいおい早く言ってくれよジェシー、とアメリカンスマイルで表情筋をトレーニングしたりした。結局はありがたい有志のWordテンプレートを拝借して製本をした。ありがたい有志、ありがとう。
印刷も初めてのことで大変だった。こちらはインターネットで安いと評判の「ちょ古っ都製本工房」さんを活用させていただいた。安さは正義。全然比較してないけど皆が安いって言ってたから多分正義。
11月になってからいよいよ本番も近づいてきたということで、ブースの資材を作ったり宣伝に勤しんだりした。この辺は思ったほど大変じゃなかった。11月中旬にコロナになり5日くらい溶かしたが*1、それでも余裕があった。まあ、ブース作りは最低限「うちのブースです! エッセイと小説売ってます!」が分かればいいやという程度のこだわりだったのもある。テーブルの下に貼る垂れ幕(A3、2種類作成)、テーブル上にスタンドと共に置く看板(A4)、商品情報と値段が書いてある紙(A5、エッセイと小説それぞれ)を作ったが、Canvaのテンプレをペッと拝借し、ピュっと編集して完成した。この辺は改善余地がたくさんあって、垂れ幕はそこまで重要じゃなさそう、看板はもっとデカくていい・なんなら看板A3+商品情報A3をスタンドに挟んで掲げるぐらいでちょうどいい、意外とブース番号は要らなそうでブース名だけでいい、といった気づきがあった。商品情報と値段の紙とそれをアクリルスタンドに挟んで置いたこと、紙はラミネート加工して持って行ったこと、最低限ブースと売り物が分かればいいやのスタンスで行ったこと、とかはよかったのでそのまま続投したいと思った。
デザインについては全くの初心者でも意外と満足のいく内容に仕上がり、Canvaいつもありがとうと言う気持ちでいっぱいだった。別にそんなに使ってきてないけどCanvaいつもありがとう。これからもよろしく頼みたい。
そして宣伝。
宣伝活動をするのに苦手意識があったが、文フリ初出店、強いSNSアカウントなしということで、かなり意識して繰り返し繰り返し宣伝をした。出店数が3000以上なので普通に参加しても絶対に認知されないだろうと思い、とにかく認知や! というスタンスで宣伝した。Webカタログでは「もうすぐ退職します」というひとエピソードを差し込み、Webカタログの宣伝、お品書きの宣伝、直前には本の内容をチラ見せして宣伝、といった具合に繰り返した。もちろん末尾にはハッシュタグを添えた。
これは本当にやってよかった。体感で当日来てくれた方々の半分くらいが「Webカタログで気になって」「Xの宣伝で見て」「会場の見本誌を読んで」ということを言ってくれて、やはり認知、認知が購買に先立つ、まず認知より始めよ、千里の道も認知から、といった気持ちになった。
当日:ただ熱に浸かっていた
11時過ぎに会場入りし、設営をした。前日家でシミュレーションしたことも幸いし、スムーズな設営だった。初出店だったりかなりのブース数だったりということを加味してエッセイ20部ちょい、小説10部ちょいで臨んだが、開店前のタイミングでは「1冊でいいから誰かの手に渡って欲しい……!」という気持ちだった。最初にエッセイを書きだしたころから半年間、濃淡はありながらもずっと頭の片隅にはこの日があった。手間取りながらも準備を進めていき、SNSでは文フリ出店仲間と呼べるような人たちと知り合い、日常はぼんやりと、だがずっと、この日をめがけて進んでいた。やることはやった、あとは野となれ山となれだ。意外と緊張はせず、かといって高揚しすぎることもなく、売り子として来てもらった妻と雑談しながら開始を待った。「何冊売れたか確認できるように」と、妻がエッセイと小説のタイトルを裏紙に書いた。これで、売れたら正の字がついていく裏紙が出来上がった。準備は万端だ。
文フリは12-17時まで開催された。12時台は人が少なめという前情報があったので、妻にブースを任せ、あらかじめ気になっていたブースを巡った。この時は「12時台はまあ誰も来ないやろ」と思い、気楽に別会場のブースを中心に回った*2。30分くらいして戻ってきたら、妻に「売れたよ!」と言われた。全く予想してなかったので「っえぇ!?」とやや大きな声を出してしまい、正の字が2、3ついた裏紙を見てそれが本当に起きたことだと理解した。もうこの時点で 誰かの手に渡って欲しい! という願いは達成されたが、人間という生き物は欲深く、今度は 自分の手で自分の本を渡したい! という気持ちが膨らんできた。売り子を妻と交代してそのチャンスをうかがった。
ほどなくしてそのチャンスは巡ってきた。妻に「売れたよ!」と言われた時からなんだかふわふわとしていて、夢の中にいるような感覚があった。見本誌を読んで去っていく人*3。「私もあなたのお父さんと同じような仕事していて」と軽い雑談をしてくれる人。「これください」と言ってくれる人の声。「500円です」と応答するおれの声。チャリンとお金が置かれる音。渡されていく本。「ありがとうございます」と言って去っていく人の声。両隣のブースのやり取り。会場のざわつき。何人か友人や知り合いも来てくれたが、いつものように会話ができずどこかうわずってキレのない会話ばかりをしていたように思う。
その後も1冊、また1冊と売れていき、なんと終了の1時間半ほど前にエッセイが完売した。完売後、何人かに「エッセイありますか?」と聞かれ、その度にもっと印刷していれば……! という気持ちになった。こればかりは仕方のないことだが、ちょっと売れ残るくらいが一番気分が良いのかもしれない。小説についても終了直前に最後の1冊が買われ、結果として持ち込んだ本はすべて誰かの手に渡ることとなった。正の字が6個ほど書かれた裏紙も完売です! と言っているようだった。あまりに感謝の気持ちになったし、あまりに満たされてしまった。昨年創作の熱にあてられたおれは、まるでゆっくりと温泉に浸かった後のように創作という熱の中にあった。その熱は自分の内側から、あるいは来場者から、あるいはほかのブースから、この会場のあらゆるところからじんわり溢れていて、おれはただそれに浸かっていた。
こうして初出店は最高の結末を迎え、その後は最高に美味い酒で妻と祝杯をあげた。何を飲んだかあまり覚えていないが、最高だったことだけは確かだ。
感想:そこは文学の下に奔放な場だった
こうして振り返るときっかけから当日までずっと熱の中にあり、ずっと楽しかったと思う。もちろん構想、執筆、準備の各工程で違った辛さはあったが、土台にはいつも楽しさがあった。その楽しさの源は100%自分のやりたいという気持ちで活動していたことにあるんじゃなかろうか。誰からも命令されてない、おれが始めた物語。そこには自由だけがあった。
それと同時にがっつり自分の内側と向き合う期間でもあった。エッセイを書くにあたって父をどう思っているのか、誰に読んでもらいたいのか、読んでどうなってほしいのかなどを考えたし、小説を書くにあたって近未来はどんなイメージなのか、AIの進化をどの程度と仮定するとリアリティがあるのか、などを考えた。執筆作業も基本的に自分との向き合いの連続で、ほぼ確実に書く前には想像していなかったフレーズが出てくる。自分の中の色々な自分たちが顔を出し、まとまりがあるんだかないんだか分からない文章が構築されていく。見返すとほんとにおれが書いたのか? と思うような感覚になることもあって、それが不思議と心地よい。執筆作業は自分の内側の固くなった土を耕すような感じかもしれない。
本を作って文フリで売るという活動は作者が直接消費者とやり取りをする活動で、買い手との距離がすごく近いのも新鮮だった。新鮮というのは、普段の仕事はtoB向けにサービスを提供していて、作ったものが直接誰かに届くという実感が湧きにくいからである。最近は社内向けの業務改善も行っていてこれは割と直接届く寄りではあるが、個人対個人の距離の近さに比べると遠い。作ったものを「ありがとうございます」と言って買ってくれる人が目の前にいる喜び、さらに後日直接感想を言ってくれる人がいる喜びは、こねくり回す組織労働ではなかなか味わえないプリミティブな熱だった。
個人的には文学フリマという場が不特定少数を対象に創作物を売れるというのも合っていた。かれこれ8年くらいこのブログを続けているが、おれがブログが好きなのも不特定少数だからである。ブログはSNSに比べて見る人が多いわけでもなく、またSNSよりも読みに来るのが面倒な媒体である。内容も長くて分かりくいものが多い(このブログは特にそうだと思う)。ただその分、ブログは読み手に主導権のある媒体でもある。興味がなかったら開かなくて良いし、途中で閉じても良い。SNSだと不意に見かけてしまう、不意に読んでしまうことがあるが、ブログではそれが起きにくい。だからこそこちらも気兼ねなく好き勝手書けるし、良い意味であまり配慮しなくてよい奔放さがある。「おれはおれが良しとしたものを好き勝手やりたい放題やってるから、もし気になったら見に来てくれたら嬉しいぜ」というスタンスがすごく好きだ。おれはこの空気を文学フリマにも見出している。出店者たちはそれぞれの思う文学をやりたい放題やっていて、来た人も興味のままにブースに立ち寄って文学を消費していく。おれが不特定少数と呼ぶコンテンツにはこうした奔放さがあって、創作する側の自由と消費する側の自由のつり合いの上に成り立っている。文学フリマは文学の下に開け放たれている。上なのか下なのか分かんなくなってしまったが、よしなに受け止めてもらえればこれ幸いである。
長々と書いてきたが、文学フリマに出店する活動はとにかくいい体験だった。創作の熱は依然として灯り続けているので、再び出店したい。